特殊鍼灸専門鍼灸師・アダルトチルドレン、共依存カウンセラー 山下伸一郎のブログ!

りゅうはい堂鍼灸院の侑慶(ゆうけい)と申します。アダルトチルドレン(以下AC)とは、アメリカで生まれた言葉で依存症の方がいる家庭(機能不全家族)で育った方のことを指します。日本では依存症の方が身近にいなくても親や兄弟、世間体などの影響からACになります。自分らしくというより周りに合わせて生きることで自由が奪われその結果肉体に症状が現れることがあります。鍼灸院である当院には肩こり腰痛でお越しになっても、背後にそういった問題が隠れていることが少なくありません。

中毒と依存症は違う:否定する必要はないし、怖がる必要もない。だって誰でもなる病気だから

日経グッデイの記事がyahooニューストップに

 

載っていました。

 

gooday.nikkei.co.jp

 

この記事自体は2017年のものでした。

 

この中で

 

アルコール依存症(アル中)とあります。

 

通称と注釈してるけど

 

アルコール依存症とアル中は異なると

 

どこにも書いていない(;^ω^)

 

中毒は

 

大量に摂取したことで生じる生理的な問題を指します。

 

依存症は

 

特定の物質の摂取、行動のコントロールができなくなった状態

 

を指します。

 

日経の記事では

 

摂取量のことを

 

主眼に書かれているけれども

 

飲酒量を減らすこと目的に

 

飲酒量の見える化をして

 

減らせる人は

 

いるかもしれないけど

 

依存症の最大の問題は

 

やめたくても

 

やめることができないこと。

 

飲み続ければ

 

生活は成り立たないし

 

肉体も精神も壊れる。

 

見える化しても

 

やめられないのが

 

病気なのです。

 

 この記事を書いた方も

 

書いていますが

 

 『うーむ、休日だからと昼から飲む自分を戒めなくては…。』

 

という一文。

 

戒めるということは

 

やっちゃいけないことをしているということ。

 

律すれば

 

その行動をやめられるのか?ということ。

 

なぜ、休日にお酒をのむ『必要』があるのか。

 

戒めても必要なことは

 

必要なのです。

 

 

その疑問には

 

『いいわけ』

 

がいっぱい出てきます。

 

リラックスしたいとか

 

お酒がすきだからとか

 

お酒の味がすきとか

 

酔っぱらいたいとか

 

暇だからとか

 

ちょっとだけとか

 

なんとなくとか。

 

全部オッケーです。

 

あなたがやっていることは

 

なに1つ間違っていません。

 

TOKIOの山口さんが

 

入院をしていながらも

 

もう飲まないとか

 

自分は依存症ではないとか

 

これはまだ

 

自分が病であること

 

自分のやる気でどうにかなるということ

 

これを表現しているかと思いますが

 

律することができないから

 

これは起こっているのでしょうか?

 

ワイドショーでは

 

当事者でもないのに

 

コメンテーターが

 

『山口さんは弱い』とか

 

『現実を見ていない』とか

 

まず、依存症の方にかける言葉は

 

『つらかったね』とか

 

『いいよ、飲んでもいいよ』

 

『でも飲むのやめたくない?』

 

とかそういった言葉だと思う。

 

アルコール依存だこいつは!と

 

言えば言うほど

 

本人は認められなくなる。

 

ましてや

 

あんな有名人でしょう。

 

断罪より抱擁だと思います。

 

依存症の人だって

 

やりたくてやってるわけじゃない。

 

それしか行動できない

 

そのつらさは

 

経験したことがあるひと

 

依存症から少しづつ抜け出して

 

自立(自律じゃない)できた人

 

そういった人じゃないとわからない。

 

この記事を読んで

 

弱い人だなぁとか

 

自分は違うと思った人は

 

そういったことを思っている時点で

 

自分の中にもその要素があるということを

 

認識した方がいい。

 

だってだれにでも起こりうる病だから。

 

依存症になることは

 

恥でも

 

弱さでも

 

自分がクズだからでもない。

 

これまでに自分がしてきた行動と

 

なにか相対的に行動しているだけなので

 

むしろ

 

依存症は自分を癒すためにやっていると

 

思った方がいい。

 

自己治療としてのアディクション

 

という書籍があるが

 

まさにそういった内容である。

 

人間は弱い。

 

だからこそ嗜癖(依存)しなければ

 

生きていけない。

 

嗜癖がたまたま

 

ギャンブルだったり

 

お酒だったり

 

セックスだったり

 

食べ過ぎたり

 

買い物だったり

 

読書だったり

 

スマホだったり

 

ゲームだったり。

 

ぜーんぜん恥じることではないと

 

個人的には思います。

 

ただ、問題は

 

生活が破綻してしまうということ。

 

生活が破綻したら困りますからね。

 

そして命がなくなるかもしれませんからね。

 

恥じることなんてないんですよ。

 

映画アイアンマンの

 

ロバートダウニージュニアさんだって

 

依存症だったし

 

でも今は回復している。多分

 

回復の為には

 

自分でどうにかできるとか

 

そういった思いをすてること。

 

アルコール依存症の方の為に作られた

 

12のステップの一番最初には

 

うかいてあります。

 

「1、私たちはアルコールに対して無力であり

 

思い通りにいきていけなくなったことを認めた。」

 

嗜癖(お酒とかギャンブルとか)をやめることは

 

スタートでしかないけど

 

スタートの為には

 

アルコールがなくても

 

困らないようにしなくてはいけない。

 

すっぱりやめてしまったら

 

その行動は必要だから起こっていたので

 

必要ということは

 

代わりを探さないといけない。

 

私はいつも患者さんに

 

ワクワクドキドキをご提案しています。

 

ワクワクドキドキに

 

抵抗がある方が多くて

 

びっくりししますが

 

そんなことをしてはいけないと

 

そんなことをすることは

 

甘いとか

 

もっと厳しくやらないととか

 

依存症に陥る人の多くは

 

頑張りすぎているんです。

 

もともとががんばって

 

無理をしている

 

だからこそ

 

とことん甘やかさないといけない。

 

できなくていいんです。

 

お酒を飲んでもいいんです。

 

でも

 

つらいならやめればいいんです。

 

私が12のステップの1を読んだとき

 

最初は意味がわからなかった。

 

私はイモージョンズアノニマス

 

12ステッププログラムをしりました。

 

AA(アルコホリクスアノニマス)ではなかったけど

 

12ステップは共通しています。

 

無力?無力??

 

認める?なにを認めるの?

 

自分でうまくやるとか

 

自分はまだ大丈夫とか

 

うまくできなくたっていいし

 

大丈夫じゃなくてもいいよ

 

起こったことが全てだから

 

起こったことをジャッジしているのは

 

自分自身だし

 

いいも悪いもないんです。

 

『手放してあとは神にお任せ』

 

自分で頑張り過ぎないで!

 

常に自分にきいてみてください

 

なぜあなたはこの行動を

 

必要としているのですか?